大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和29年(ネ)350号 判決

控訴人 愛知石油株式会社

被控訴人 渡部光夫 外一名

主文

原判決中被控訴人渡部光夫に対する請求を棄却した部分を取消す。

被控訴人渡部光夫は控訴会社に対し金十四万四千六百四十六円及びこれに対する昭和二十七年十月十三日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

控訴会社の被控訴人渡部光夫に対するその余の請求を棄却する。

被控訴人渡部豊太郎に対する本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ控訴会社と被控訴人渡部光夫との間に生じた分は同被控訴人の負担とし、控訴会社と被控訴人渡部豊太郎との間に生じた分は控訴会社の負担とする。

本判決は第二項に限り控訴会社において金四万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人等は連帯して控訴会社に対し金十四万四千六百四十六円及びこれに対する昭和二十七年十月十三日以降完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、被控訴人渡部光夫は控訴棄却の判決を求めた(被控訴人渡部豊太郎は当審各口頭弁論期日に出頭しない)。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴代理人において、(一)仮に控訴会社と被控訴人光夫との間の取引関係が委託販売でないとすれば、控訴会社は被控訴人光夫に対し昭和二十六年六月五日より昭和二十七年三月三十一日迄の間に代金額合計四十八万四千三百五十六円四十三銭に相当する石油製品を売渡したものであるところ、右代金中三十三万九千七百十円の支払を受けたのみであるから、被控訴人光夫に対し残代金十四万四千六百四十六円(円未満切捨)の支払を求めるものである。(二)仮に右売買が統制法令(配給統制)に違反し無効であつて代金の請求をなすことが許されないとしても、被控訴人光夫は控訴会社より交付を受けた価額金十四万四千六百四十六円に相当する石油製品を他に売却し、法律上の原因なくして右石油製品の価額相当額を不当に利得しているから、被控訴人光夫に対し右金十四万四千六百四十六円の返還を求める。(三)被控訴人豊太郎は控訴会社と被控訴人光夫との間の本件石油製品売買契約から生ずる被控訴人光夫の債務につき連帯保証をしたものであるが、その保証は被控訴人光夫が右売買に関し負担する債務一切に及ぶものであるから、被控訴人光夫の前記売買代金債務はもとより、若し売買が無効であつて被控訴人光夫において控訴会社に対し前記のような不当利得返還債務を負担しているとせば、被控訴人豊太郎は右債務についても保証債務の責を免れることができないものである。従つて被控訴人豊太郎に対しては右連帯保証債務の履行として被控訴人光夫と連帯して前記金十四万四千六百四十六円の支払を求めるものである。と陳述した外原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

控訴会社は当初石油製品の売掛代金の支払を求めていたものであるところ、原審において、控訴会社は被控訴人光夫に対し石油製品の販売方を委託したものであるから右販売委託商品の代金の支払を求めると、請求原因を変更したのに対し、被控訴人光夫は右両主張は請求の基礎の同一性を欠く旨主張し異議を述べているけれども、右異議の理由がないことについての当裁判所の判断は原判決の理由(一)と同一であるからここにこれを引用する。

先ず被控訴人光夫に対する請求について審按する。

控訴会社が石油製品の販売を目的とする会社であること並に控訴会社と被控訴人光夫との本件石油製品取引期間(後記認定参照)中は石油製品の配給が統制されていたことは被控訴人光夫の認めるところである。

控訴会社は先ず、控訴会社は昭和二十六年六月五日より昭和二十七年三月三十一日迄の間被控訴人光夫に対し石油製品の販売を委託し、控訴会社の商品である石油製品価格合計四十八万四千三百五十六円四十三銭相当のものを交付し、被控訴人光夫は右委託に基き右石油製品を販売したものであると主張するけれども、原審における控訴会社代表者松本文七の供述(但し第二回)中右主張に副う部分は後掲各証拠と対比して到底信用し難く、他に控訴会社と被控訴人光夫との間の取引が委託販売であることを認めるに足る証拠がない。しかし控訴会社の商業帳簿であることにつき当事者間に争のない甲第一号証の一、二、被控訴人光夫において成立を認める同第二号証、成立に争のない乙第一乃至第五号証の各一乃至三、当審証人池内哲朗の証言並に原審における被控訴人渡部光夫本人尋問の結果を綜合すれば、控訴会社は被控訴人光夫に対し昭和二十六年六月八日より昭和二十七年三月三十一日迄の間に代金額合計四十八万四千三百五十六円四十三銭に相当する石油製品を売渡したことを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠がない。而して控訴会社において右販売代金の中金三十三万九千七百十円の支払を受けたことは控訴会社の自ら認めるところである。

控訴会社は、仮に控訴会社と被控訴人光夫との間の取引関係が委託販売でないとすれば、単純な売買であるから、被控訴人光夫に対し前記売買代金残額金十四万四千六百四十六円(円未満切捨、以下同じ)の支払を求めると主張する。しかし本件取引当時臨時物資需給調整法に基く石油製品配給規則(昭和二十四年四月一日施行、昭和二十七年六月三十日限り効力を失う)が施行されていて、同規則第十一条によれば、石油製品の販売業者(所定の登録を受けた者)は元売業者の同意を得て他の販売業者に譲り渡す場合または配給割当公文書と引換に需要者に譲り渡す場合等の外は石油製品を他に譲り渡すことができないものであるところ、控訴会社が四国通商産業局長に申請して石油製品販売業者としての登録を受けていることは成立に争のない甲第五号証に徴し明らかであるけれども、被控訴人渡部光夫は販売業者としての所定の登録を受けていないことは原審における控訴会社代表者松本文七(第二回)、被控訴人渡部光夫各本人尋問の結果に照しこれを窺うことができるから、控訴会社と被控訴人光夫との間の前記石油製品の売買は石油製品配給規則第十一条に違反し、私法上においても無効たるを免れない。従つて右売買に基く代金の請求は許されないものと謂わなければならない。

次に控訴会社は、仮に本件売買が統制法令に違背し無効であつて、売買代金の請求をなすことが許されないものとしても、被控訴人光夫は前記残代金十四万四千六百四十六円に相当する石油製品の価額相当額を不当に利得しているから、その返還を請求すると主張するにつき審按する。控訴会社と被控訴人光夫との間の前記石油製品の売買が配給統制に関する法令に違反して無効であること前叙の通りであるから、被控訴人光夫は控訴会社より交付を受けた前記石油製品を控訴会社に返還すべきであるところ、被控訴人光夫は右石油製品を既に他へ売却処分して現存していないことが弁論の全趣旨に徴しこれを窺うことができるから、被控訴人光夫は右石油製品の中未だ代金の支払を了していないものにつき法律上の原因なくしてその価額相当額を不当に利得しているものと謂わなければならない。而してその価額は代金額に相当する金十四万四千六百四十六円と認めるのが相当であるから(右価額が統制価格を下廻つていることは前顕甲第一号証の一、二並に当審証人池内哲朗の証言に徴し明らかである)、被控訴人光夫は控訴会社に対し右不当利得の返還として金十四万四千六百四十六円を支払う義務があるものというべきである(尤も前記売買は統制法令に違反しているから、民法第七百八条により売主は買主に対し既に引渡した商品またはその価額の返還を請求することができないのではないかとの疑が生ずるけれども、民法第七百八条にいわゆる不法の原因とは、社会の倫理観念に基く公序良俗に違反することを意味し、単に国家の政策的な禁止規定に反したような場合はこれを包含しないものと解するを相当とするから、控訴会社が配給統制法令に違背して被控訴人光夫に対し石油製品を売渡したことが民法第七百八条にいわゆる不法原因給付であるとは見られない)。

次に被控訴人渡部豊太郎に対する請求につき審按する。控訴会社は、被控訴人豊太郎は控訴会社と被控訴人光夫との間の石油製品売買契約より生ずる一切の債務につき連帯保証をしたものであり、その保証は前記のような不当利得返還債務にも及ぶと主張するところ、仮に甲第二号証(石油売買契約書)中被控訴人豊太郎に関する部分が真正に成立したものとしても、同号証によれば同被控訴人は被控訴人光夫が石油製品売買契約に基き控訴会社に対し負担する債務につき連帯保証をしたことを認め得るに止まり、被控訴人豊太郎が前記認定のような不当利得返還債務についてまで連帯保証をしたことを認めるに足る証拠がないから、被控訴人豊太郎に対する請求は理由がないと謂わなければならない。

然らば、控訴会社の本訴請求中被控訴人光夫に対し前記不当利得金十四万四千六百四十六円及びこれに対する本件支払命令正本が同被控訴人に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和二十七年十月十三日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるから、これを認容すべきも、同被控訴人に対するその余の部分及び被控訴人豊太郎に対する請求は失当であると謂わなければならない。

仍て原判決中被控訴人豊太郎に対する請求を棄却した部分は結局相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により同被控訴人に対する控訴はこれを棄却することとし、原判決中被控訴人光夫に対する請求を棄却した部分は不当であるから、同法第三百八十六条によりこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき同法第九十六条第八十九条第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例